須 磨 の 紹 介

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須 磨  

Arichanの住んでいる神戸市の須磨は

古来から風光明媚な所で、

菅原道真と松風村雨姉妹の物語、

平敦盛の青葉の笛のある須磨寺、

光源氏の伝説があり松尾芭蕉が

立ち寄った現光寺があります。

源氏と平家の一の谷の合戦は

あまりにも有名。 

 

また、須磨には白砂青松の須磨海岸と

須磨海浜公園、須磨浦公園、武庫離宮跡

として知られる須磨離宮公園、日本最大級

の広さを誇るグリーンスタジアム神戸や

ユニバー記念競技場などがあります。

総合運動公園、奥須磨公園、須磨寺公園

など美しい公園が数多くあり広く市民に

親しまれています。

写真は須磨から見た夕焼け。

左の島が淡路島。

中央が明石海峡大橋。


地名の由来

1.隅 説

須磨という地名は、六甲山系の西端、鉢伏山・鉄枴山が海に迫る平地のすみで、畿内の西すみに位置するため「すみ」がなまって「すま」になったといわれています。この説が一番有力。

2.須浜 説

スハマが音韻変化してスマになったという説があります。須磨の浦の形から、海中に州浜があって丸い形をしていたのでスマ。

3.栖間 説

住みやすいところという意味のスミマまたはスムマのミヤムの間の言葉が脱落して話し、これが自然にスマになったという説です。

4.諏訪 説

諏訪神社のスワがなまって須磨になったという説もあります。


須磨区(神戸市須磨区)のおいたち

須磨は、昔、八部郡須磨村と呼ばれ、妙法寺・多井畑・車・白川・

東須磨・西須磨・大手・板宿・西代・池田の10か村を含む大きな

村落でした。

明治29年に武庫郡に編入され、明治45年に須磨町となった後、

大正9年4月に神戸市に編入され、昭和6年9月に区制が敷かれて

須磨区になりました。

須磨区の人口は約17万人、約68,000世帯です。


須磨に関する俳句・短歌

須磨は万葉の時代より、多くの歌人に詠まれてきました。

 

蝸牛 角ふりわけよ 須磨明石 / 松尾芭蕉

見渡せば ながむれば見れば 須磨の秋/ 松尾芭蕉

須磨寺や 吹かぬ笛聞く 木下闇 / 松尾芭蕉

ことづてよ 須磨の浦和に 昼寝すと/ 正岡子規

月を思ひ 人を思ひて 須磨にあり/ 高浜虚子

春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな/与謝蕪村

 

淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守

/源兼昌 (小倉百人一首)

須磨の海女の 塩焼き衣の なれなばか 一日(ひとひ)も君を忘れて思はむ

/ 山部赤人(万葉集)

わくらばに 問う人あらば 須磨の浦に 藻塩垂れつつわぶとこたえよ

/ 在原行平(古今集)

旅人は たもと涼しくなりにけり 関吹き越ゆる須磨の浦風

/ 在原行平

須磨のあまの 浦こぐ舟の かぢを絶え よるべなき身ぞ悲しかりける

/ 小野小町

あまの世を よそに聞かめや 須磨の浦に 藻塩たれしも 誰ならなくに

/ 光源氏(源氏物語)

藻汐やく 海女の苫屋に 秋深けて 衣うつなり須磨の曙

/ 藤原定家

聞き渡る関の中にも須磨の関名をとどめける波の音かな

/ 藤原俊成

都おもふ 須磨の関屋のうたたねに いそたちのぼる夕浪の声

/寂蓮法師

いづかたへ 秋のおくりを須磨の関 関ゆく船も行方しらねば

/二条院讃岐

淡路島 はるかにみつる浮き雲も 須磨の関屋に時雨きにけり

/藤原家隆

藻塩焼く 煙も霧にうづもれぬ 須磨の関屋の秋の夕暮れ

/大僧正慈円

須磨の関 ちどりの声はうつつにて とだえがちなる夢の通い路

/藤原隆信

これやこの 須磨の関屋の真木柱 のこる松さへこけふりにけり

/飛鳥井雅有

月ははや 遠島かげに傾きぬ しばしとどめよ須磨の関守

/栄え福門院

桜咲く 須磨の関守忘れても うら吹く風を花にゆるすな

/長谷景福

須磨の関 秋萩しのぎ駒並べて 鷹狩をだにせでや別れん

/読人しらず

須磨よりも 明石のかたぞ あかあかと 日はつれなくも秋風ぞ吹く

/ 足利尊氏

すま琴を かかる折々 かなでゝし なき人遠き 春の夜の月

/与謝野晶子


レジャー・文化施設・史跡


須磨浦山上遊園

須磨浦ロープウェイで、海と山を眺めながら

山上遊園へ。山上には360度の眺望の楽

しめる回転展望閣のほか、カーレーター、

観光リフトがあります。

 

営業時間 : 10:00 〜 17:00 休日は火曜日

700円(ロープウェイ往復)

足 : 山陽電鉄 須磨浦公園 下車

TEL : 078-731-2520

 

春は桜がとってもキレイ。


須磨浦公園

鉄拐・高倉・青谷の三山と鉢伏を含めた約80万平方メートルの皇室の土地を神戸市が買い取り、鉢伏一帯の山林の開拓を行い、昭和9年に公園を造りました。

みどりの塔をはじめ、春は桜の名所、夏・秋はみどりと紅葉が美しく、山上遊園とともに神戸市民の憩いの場となっています。

戦の浜碑

源平合戦の舞台となった園内には戦の浜碑が立っています。

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公園内の句碑

春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな     /与謝蕪村.. 

 

 

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蝸牛かたつむり角ふりわけよ 須磨明石 / 松尾芭蕉

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ことづてよ 須磨の浦和に 昼寝すと/ 正岡子規

月を思ひ 人を思ひて 須磨にあり/ 高浜虚子

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みどりの塔

須磨浦公園の東端にある女神像を台座に頂いた「みどりの塔」は、みどりの羽根運動の一事業として昭和29年に建てられました。
刻像は薫風と題し、神戸市の発展飛躍を表わし、レリーフは希望と平和を象徴しています。

塔をコの字形に石塀が囲み、左右の塀の上に高さ1・5メートルの石柱が立っています。その頂きにあった一対の石の地球儀(直径1・2メートル)のうち、左の地球儀が地震の揺れで塀の外側に落ち、そのままの状態で残されています。


須磨離宮公園

大正3年に西本願寺大谷家の別荘を買収し

武庫離宮として完成。

昭和20年に戦災により離宮御殿は

全焼しましたが昭和42年、今上天皇

(当時皇太子)御成婚記念事業

として須磨離宮公園が完成しました。

本園のメイン施設噴水広場は、水をモチーフ

にした美しい欧風庭園。宮殿を模したレスト

ハウスから湧き出た水は段々滝を下り、

芝生、花壇を配したキャナルに流れ、

最後はダイナミックに大噴水になります。

82.6ヘクタールの園内には子供の森、

花の庭園、梅桃園、牡丹園、花菖蒲園、

紫陽花園、鑑賞温室などがあり四季を

通じて花が咲いています。

夏、秋の夜間開園時はライトアップされた

噴水が七色に光輝き幻想的な世界に

ひきずり込まれます。 アルバム

毎年2月中旬より3月上旬には梅桃園で

梅見会が開かれます。 →  アルバム

●開園時間 午前9時〜午後5時

(7月20日〜8月31日は午後9時まで)

●休園日 毎週木曜日(祝日の場合は翌日)

  年末年始(12月29日〜1月3日)

●入園料 大人・・・400円  小中学生・・・150円

●駐車場 料 金・・・500円  台 数・・・300台 

神戸市須磨区東須磨1-1

足:山陽電鉄 東須磨下車 北西徒歩10分

TEL : 078-732-6688 , FAX : 078-734-6022

http://www.marin.or.jp/ryokuka/rikyu.htm


須磨海岸

東の湘南海岸と並び称される、東西約2kmに及ぶ

須磨海岸は、古くから白砂青松の景勝地として

歴史の舞台に登場し、瀬戸内海と六甲山系が

接する自然環境に恵まれた海浜景観が展開

する地区で、市民が親しみと愛着を抱いてきました。

1973(昭和四十八)年から神戸市が始めた「養浜」で、約二キロの

須磨浜に、波で流されない大粒の砂が投入されました。国の天然記念物、

ナメクジウオの生息地に近い三原市の有竜島沖で採った砂です。

 「海岸環境整備事業」というこの工事で、

須磨浜は全国のモデルになりました。

波に洗われてやせる浜に砂を入れ、

沖の離岸堤と合わせて海岸を

守ろう、という狙いです。

毎年海岸ではビーチバレーの大会も

開催されます。

 

2001年のクリスマスには海浜公園で

X'masへい!ライドのイベントも 

 

最寄りの駅/JR・山陽「須磨駅」から南へ

TEL:078−322−5661(港湾局管理課)


須磨海浜水族園

水中トンネルのあるアマゾン館、波の大水槽

愛嬌のあるラッコ、迫力あるイルカのジャンプ

などが楽しめます。

大人\1,300. 中人\800. 小人\500.

営業時間 9:00 - 17:00 (入場は16:00まで )

足:山陽電鉄 月見山 南へ徒歩15分

TEL : 078-731-7301 , HP : http://www.kobe-ita.or.jp/aquarium/


妙法寺川公園の桜

 春の桜が咲く頃(4月初旬)、

妙法寺川公園は神戸市内一番の

名所で花見客で賑わいます。

焼肉の匂いでいっぱい(笑) 

足:山陽電鉄 東須磨下車 南東徒歩3分

 


須磨海釣り公園

海上の釣り台の周辺には、漁礁があるため魚たちが集まり、そこで産卵したり回遊するため四季を通じていろんな魚がよく釣れるようになっています。

沖合い400mの展望台には休憩所売店、軽食堂、洗面所を完備。

昭和51年春、海づり公園 

“神戸市立須磨海づり公園”として誕生

料金 入園料 大人\200. 子ども\100.

基本釣り料 大人\1200. 子ども\700.

(4時間)

割増釣り料 大人\300. 子ども\170.

(1時間当たり)

神戸市 須磨区 一の谷町5丁目地先

足 : 山陽電鉄 須磨浦公園 すぐ

TEL : 078-735-2907 、 FAX:078-735-2950 、

テレホンサービス 078-732-4926

火曜日 休園

http://www.kansai.ne.jp./umiduri/


グリーンスタジアム神戸

整備されたすごく美しい天然芝の球場。

スタジアム内にあるレストランの展望席

から見える景色は一見の価値ありです。

オリックス ブルーウェーブの本拠地

・グランド規模:

両翼(レフト・ライト)99.1m、

中央(センター)122.0m

・ 内野:天然芝、黒土、外野:天然芝、ファールエリア:人工芝

・ 収容人員:35,000人

・ TEL:078-795-5151


ユニバー記念競技場

ユニバーシアードの興奮がよみがえる

6万人収容のスタジアム。

・利用種目:陸上競技、サッカー、ラクビー 

アメリカンフットボール、

コンサート等各種イベント

・収容人員:60,000人


須磨温泉

泉質・・単純放射能冷鉱泉(単純弱Rn泉)

     23.1℃ 低張性、中性、冷鉱泉

効能:神経痛、冷え症、筋肉痛、関節痛、疲労回復、火傷

入浴料金 大人¥500


松風村雨堂

 松風村雨堂は謡曲「松風」初め、多くの文学にとりあげられ、悲しい物語として有名な松風、村雨の二人の姉妹にまつわるお堂で次のような伝説によって広く世に知られています。

 在原行平は仁和二年(886年)光孝天皇の怒りにふれ、須磨の地に配流されて寂しく暮らしていました。
 そのとき潮汲みに通っていた多井畑の村長の娘"もしほ"と"こふじ"の姉妹をいとおしく思い、"松風"、"村雨"の名を与え仕えさせました。
 三年の歳月が経ち、許されて京都に帰る行平は小倉百人一首
で有名な
 立ち別れいなばの山の峰に生ふる
         まつとし聞かばいま帰り来む
の歌を残し烏帽子、狩衣をかたわらの松の木に掛け、姉妹たちへの形見としました。
 二人はたいそうに悲しんで庵を建て、観世音菩薩を信仰し、行平の無事を祈っていたが、後、多井畑へ帰りわびしく世を去りました。

現在の観音堂は、庵の跡といい、西に並ぶ巨松の古株は行平の
衣掛けの松といわれています。

 現在でもこの伝説にちなんで行平町、松風町、村雨町、衣掛町
などの町名が残っています。 (村雨堂 説明立札より)

山陽須磨寺駅から東徒歩10分

 

 


菅の井

菅原道真が九州へ左遷の途中、風波をさけて須磨に上陸したとき、前田家から井戸の水をくんで差しあげたところ、大いに喜ばれて自画像を前田家に与えたといわれています。

前田家では、その井戸に「菅の井」と名付け、この水で銘酒「菅の井」を作って毎年太宰府天満宮へ献上していたと伝えられています。

山陽須磨寺駅から南東徒歩5分

 


敦盛塚石造五輪塔

この付近は源平一の谷合戦場として知られ、

1184年2月7日に当時16歳の平敦盛が

熊谷次郎直実によって首を討たれ、

それを供養するためにこの塔を建立した

という伝承から、「敦盛塚」と呼ばれるように

なりました。

 この五輪塔は総高4m近い堂々たるもので、

中世の五輪塔としては石清水八幡宮

(京都府八幡市)に次ぎ、全国第2位の規模を誇ります。

山陽須磨浦公園駅下車西200m


安徳帝内裏跡伝説地

安徳天皇は、平清盛の娘、建礼門院徳子を母として生まれた悲劇の幼帝。治承4年(1180年)2歳で即位。
木曽義仲の京都進入により、平家一門とともに西へ都落ちし、寿永4年(1185年)3月24日、壇の浦で平家滅亡とともに祖母二位尼にいだかれて入水されたと伝えられています。

須磨区一の谷町2丁目

山陽須磨浦公園駅下車北東600m 


皇女和宮像

弘化3年(1846年)仁孝天皇の第8皇女として誕生。父君仁孝天皇は和宮誕生の数ヶ月前にすでに崩御されており、和宮はこの世に生を受けられたときから数寄の運命を背負っていました。生母は権大納言・橋本実久の女、典侍橋本経子の方です。

 安政5年(1858年)、ときの幕府は朝幕悪化の緩和策として、将軍夫人に皇女を迎え入れようと目論み、万延元年(1860年)、老中連署をもって皇女和宮の降嫁を請願するも、兄、孝明天皇は一旦これを却下されましたが、時局打開のためやむなく許可、和宮も悲壮なる決意のもとに関東下向を受諾、かくして、翌文久元年(1861年)秋10月20日京都を出発、中仙道経由にて11月15日江戸に到着、そして第14代将軍家茂夫人となられました。御年16歳。

須磨区一の谷町2丁目

山陽須磨浦公園駅下車北東600m


旧和田岬灯台

通称「赤灯台」

もと兵庫区の和田岬にあったもので、

明治17年にそれまでの木造灯台を

鉄骨に改築したもの。

明治初期の鉄骨灯台としては、

現存する最古のものであるため、昭和38年和田岬灯台

が廃灯になったあと、永久保存するため、

昭和39年現在地の海浜公園の西端に移設されました。

足 : JR須磨駅から東へ徒歩15分


那須与市の墓那須神社

那須与市宗隆は、屋島の浦において源平が対陣したとき、扇の的を射た若武者で、下野(栃木県)国那須野庄の住人です。

その後与市宗隆は軍功により那須野総領となりましたが、病気にかかり、相続を兄に譲り、自分は僧侶になって諸国の寺社を参拝して回りました。

郷里の那須の庄にも墓所はあリますが、北向八幡宮へお礼のため参詣し、病のためこの地で死去したと伝えられています。

この墓に参詣すると、年老いても「しもの病気にならない」との信仰があり、毎月7日の御命日には参詣者が多いようです。

山陽板宿駅から市バス
妙法寺行きまたは若草行き那須神社前下車すぐ


神社・寺


須磨寺

須磨のお大師さん」で親しまれるお寺。

縁日は大賑わい。本道内陣は重要文化財

(1368)。境内に文学碑も多く、平敦盛 遺愛

の「青葉の笛」もあり、源平ゆかりの寺です。

一般には須磨寺の名で知られていますが、

正式には福祥寺です。平安時代初期に開山。

淳和天皇のころ(823〜833年)に和田岬の

沖で漁師が聖観音像を引き揚げ、

会下山の北峯寺に安置していたのを、

仁和2年(886年)に聞鏡上人が須磨の地に

移したのが始まりとされています。

文禄5年(1596年)の地震で堂塔が倒壊したのを、

慶長7年(1602年)豊臣秀頼が復旧し、

片桐且元も建物を寄進しました。

もとは12坊あったが、今は3院だけが残って、

それぞれ独立しています。

神戸市須磨区須磨寺町  公開時間/9時〜16時

料金:境内拝観料 無料

:山陽電鉄 須磨寺 北へ徒歩5分

TEL : 078-731-0416

http://www5a.biglobe.ne.jp/~SUMADERA/

駐車場:約50台

 ※第1神明(旧 神明)道路沿い南側、 離宮公園西のトンネル出てすぐ

テレホン法話 078-732-5800


綱敷天満宮

「須磨の天神さま」として市内はもとより京阪神

からも多数の参拝者があります。

全知全能の神と言われ、あらゆる祈願がされるが

学問の神様として特に人気が高いようです。

 

菅原道真公九州左遷の際、風波をさけて須磨へ

一時上陸されたとき漁師たちは網の大綱を巻き、

円座を作り、その上に休息させました。

後に彼が天満天神として祭られるようになった時、

そのことにちなんでここに彼を祭神とする天神社

が天元2年( 979年)に創建されたと

伝えられています。

足:山陽電鉄 須磨寺 南へ徒歩3分

TEL : 078-734-0640

 

 


諏訪神社

綱敷神社の西、静寂な境内に小さな祠の諏訪神社があります。御祭神は建御名方命。

お社が東を向いているので東向き明神とも呼ばれています。

諏訪神社は狩りを守る神と言われ、昔は11月8日の祭日には村人は猪狩りの神事を行い、猪肉を食べる習慣があったといわれています。創祀の年月は不明。

須磨の名称の起こりがこの神社の諏訪がなまって須磨になったという説もあります。

JR須磨駅から東へ徒歩10分


現光寺

源光寺、源氏寺とも言われていました。

浄土真宗西本願寺末。

永正11年(1514年)、浄教上人の開基といわれ、

本尊は阿弥陀如来。江戸時代の地誌では、

ここは、光源氏の住居跡と伝えられ、

境内には有名な松尾芭蕉の三段切の名句

「見渡せば眺むれば見れば須磨の秋」の碑があります。

 

神戸市 須磨区 須磨寺町1丁目 千森川の東岸

山陽須磨寺駅から徒歩5分

 


村上帝社

平安朝の末期、太政大臣藤原師長(ふじわらもろなが)は琵琶の名人でしたが、唐に渡りなおも奥義をきわめたいと願い、都を出て須磨まできました。

その夜、村上天皇と梨壺女御(なしつぼにょご)の霊が現れ、師長に琵琶ひきの腕前をあたえたので、入唐を思いとどまって琵琶の「獅子丸」を埋め都に帰ったといいます。

琵琶を埋めた琵琶塚は、境内にありましたが、山陽の線路で二分され、小高い土地の一部が残っています。

この村上天皇にまつわる伝説から村上天皇を祀ったといわれています。

JR須磨駅から東徒歩5分


浄徳寺

久安2年(1146年)仁海上人の創建と伝えられています。

本尊の薬師如来は、須磨にわび住まいした在原行平が、都に帰れるようにと祈ったとも伝えられ、「稲葉薬師」とよばれています。

また、寿永の源平合戦の兵火の被害をまぬがれたので「火除けの薬師」とも言われています。真言宗。

山陽電鉄月見山駅から南東徒歩10分


関守稲荷神社

須磨の関の守護神としてまつられたと伝えられています。

関守稲荷神社は、『源氏物語』で光源氏が須磨に流された時、巳の日祓をしたところをここになぞらえ巳の日稲荷ともいいます。

境内に百人一首で知られる源兼昌の碑があります。

須磨区 関守町1丁目 JR須磨駅から北東徒歩8分

 


多井畑厄除八幡神社

社殿は、高倉天皇の安元年間に、男山八幡宮を勧請して造営したのが初めだといわれています。

光仁天皇神護景雲4年( 770年)、『続日本紀』に畿内の国境十カ所に疫神を祭って疫はらいを行わせたとあります。

1月18、19日の厄除祭は盛大で、大正年間に出版された書物を見ると「東須磨より多井畑厄神まで三十三町の坂道は露店をもって充たされ、その雑踏いわん方なし。

この日における賽銭、神符料など千五百円以上に及ぶ」と記されています。

JR須磨駅から市バス多井畑厄神下車すぐ


頼政薬師寺

 寺号を浄福寺(俗に頼政薬師寺)といいます。
浄福寺は、この地 西須磨の旧前田家の建立と伝えられ、ご本尊は薬師如来(聖徳太子の御作)1155年源頼政が再興したことから俗に頼政薬師と言われています。


 浄福寺は平成7年1月17日阪神・淡路大震災により倒壊し、平成11年11月に再建されました。

 


證誠神社(権現さん)

永廷元年(987年)9月 一条天皇の御代須磨の浦の真南にあたる紀州熊野権現を勧請して勝福寺の地主神として祀ったと伝えられています。


長田神社の氏子地をもっており、江戸時代には、大手、板宿、東須磨、野田、駒ケ林の総鎮守として栄え、聖霊権現とよばれた。

明治4年に祭神を五十猛命(いそたけるのみこと)とし、社名も證誠神社に改め、須磨地域一円の守護神として崇敬されてきました。

一般に、権現さんといわれています。

山陽板宿駅から南西徒歩5分


勝福寺

勝福寺は山号を桂尾山と号し、真言宗高野派高野山如意輪寺末で、本尊は聖観音菩薩。
永延2年( 1007年)太政大臣藤原伊尹(これただ)の三男、藤原英雄丸が勅命により、證楽上人と名を改め、高取山麓に庵を建て、鹿松峠(かのししまつとうげ)に出没していた鬼人を仏教の力で退散させた後に開いたといわれています。

七堂伽藍、三十六坊を有する大寺院でしたが、しばしば山津波にあって堂塔、宝物を失い、現存するものはわずかに山門と庫裏のみです。

1月7日の追儺式は、証楽上人の鬼人退治にちなむと伝えられ、たくさんの人でにぎわっています。

この寺とその背山一帯が『太平記』にみえる松岡城です。

須磨区大手町9丁目 山陽板宿駅から北西徒歩15分


妙法寺

真言宗高野山派、毘沙門山妙法寺。須磨区内最古の寺院。

天平10年(738年)聖武天皇の勅願所として行基菩薩によって開かれました。

平清盛が都を京都から福原に移したとき、ここを新鞍馬と称して福原京の鎮守の地として保護したといわれています。

本尊の木造毘沙門天立像は国の重要文化財に指定されており、その他にも県の重要文化財に指定されている石造宝篋院塔や乳薬師など歴史を感じさせる寺宝がたくさんあります。

市営地下鉄妙法寺駅から南東徒歩10分、または
山陽板宿から市バスで妙法寺下車


北向八幡神社

伝説によると、この神社は室町時代より以前から信仰を集めていたお宮さんです。

源平合戦のとき、那須与市宗隆が、この北向八幡神社を守護神として戦場にのぞみ、武運をまっとうし、お礼のため、その後再びこの地を訪れ参詣したが、たまたま病にかかり、この地で死去したという伝説があります。

また、一説では文明16年(1484年)の創建と伝えられています。

境内で宮相撲も行われていました。

山陽板宿駅から市バス那須神社前下車すぐ


萩の寺明光寺

古くは天台宗真月山明光寺といい、慶安3年(1650年)の検地では阿弥陀堂とあり、元禄5年(1692年)には伽藍も建立され、後に(神戸市唯一の)黄檗宗に変わりました。

本尊は阿弥陀如来木像。

一時は禅道場として栄え、のち火災により衰えましたが、大正時代に住職が境内に十数種の萩を植え、萩の寺とよばれるようになり、9月中下旬の満開期には、たくさんの参詣者でにぎわっています。

山陽板宿駅から市バス那須神社前下車すぐ


案内図・その他


 


JR須磨駅

南側に降りればすぐ須磨海岸


須磨の宿泊施設

・シーパル須磨

神戸市立国民宿舎 須磨荘

白砂青松の風光明媚な須磨海岸。

海の向こうには明石海峡大橋や関西国際空港も

遠く望むこともできます。客室数 45

\9,700. 〜 \18,300. /1人

チェックイン15時 、チェックアウト 翌10時

http://www.kobe-ita.or.jp/seapal/

TEL : 078-731-6815 , FAX 078-734-1896

 

・須磨観光ハウス [ 味と宿花月 ]

客室数 8 、 \12,000. 〜 TEL : 078-731-3751

・寿楼 隣水亭

客室数 53 、 \15,000. 〜 TEL : 078-731-4351

http://www.ryokan.or.jp/hyougo/koubesi/koto/homu.htm

・ホテル エンメイ

客室数 16、 \13,000. 〜 TEL : 078-731-4051

 

寿楼 隣水亭


宿泊施設 -番外編-

・U's SUMA

これはラブホテル。家族連れはちょっと無理だけど

二人なら、こんなのを利用するのもいいかも。

シーパル須磨の前。

けっこうおとなしい造り。駐車場付き。

夏は水着を着たまま道路を渡れば、すぐ海岸。

\6,000〜 /一泊・二人 は安いかもネ


神戸の宿泊情報 他 スポットなど

神戸情報満載サイト I-LINK ↓

http://www.i-link.co.jp/i/


須磨の気温神戸の気温

WeahterEye

 



 


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